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人工知能の限界と人間とのコスト競争力

人工知能の限界と人間とのコスト競争力

前回(第2回)はディープラーニングの成否を左右するデータ。いわゆる各社が保有する既存データでの限界やアノテーションの重要性について述べた。今回は、マーケティング領域でディープラーニングを有効活用するために必要なことについて述べていく。

 

 

人工知能は因果関係を教えてくれない

ディープラーニングを含めた人工知能の中には株価予測や需要予測など未来を予測するというテーマもある。その本質的な有効性や妥当性については賛否両論あるものの、最新の研究では従来の統計的なアプローチや訓練を受けた専門の人間よりも高い予測精度を示すケースがあることも事実で、将来的にはそういった流れが定着する可能性はある。しかしながら、2019年現在において、投資決定や計画立案についてその根拠もわからずにAIに従うことができるかと言われれば、その社会的なコンセンサスは明らかに得られていない。つまり、引き続き「なぜ、そうなるのか?」の論理的な説明可能性は求められ続ける。

この説明可能性という点において、ディープラーニングを始めとした機械学習のアプローチは伝統的な統計解析に比べて大きく劣っている。もっとも、結果としての精度の高さを第一の正当性の根拠として人間の理解可能性を犠牲にしながら進化してきた技術領域なので当然の帰結ではあるのだが、そのことを理解せずにディープラーニングの活用に取り組むと最後に決裁者を説得することができず終わってしまうかもしれない。

そもそも、統計解析においても相関関係をベースにした観察データの分析ではバイアスを含んでおり、正確な因果関係を明らかにすることができない。例えば、ブランド別に売上と広告費を並べてみると相関が高いので、広告が売上に効くというようなモデルが作れてしまう。しかし、真実は逆で売上が大きいブランドだから投下することができる広告費も大きいのだ。他にも、特定商品の売上と広告出稿量を時系列で比較すると明らかに相関しており、これも広告を増やすと商品の売上が増えるように思われる。しかし、多くの場合、製品の売上には季節性があり、売上が上がりやすい年末商戦に合わせて広告を投下しているので、それは真の因果関係ではないのだ。

このように観察データの相関関係をベースとした分析では正確な因果関係を検証することが難しく、ディープラーニングも一種の非線形な相関関係から見えてくるパターンを認識しているにすぎない。そのため、因果関係の説明可能性という点では、ディープラーニングや機械学習のブラックボックス性だけではなく、観察データの相関関係をベースとした分析の限界という部分もあるのだ。

 

実験計画とディープラーニングの適切な組合せ

因果関係の検証に最も適切なアプローチは明らかで、それは実験計画に基づくテスト群とコントロール群の比較(RCT:Rondomized Controlled Trial ランダム化比較試験)である。

特に創薬の治験など高い信頼性が求められる科学研究の領域ではRCTによる検証は必須となっている。今年、2019年のノーベル経済学賞を受賞した研究者グループも、発展途上国の貧困問題の解明にこのRCTの手法を適用し、バイアスのない真に効果のある貧困対策を明らかにしたことが高く評価された。また、デジタル広告の効果測定を行う際にGoogleやFacebookなどはRCT(テスト広告に接触したグループとコントロール広告に接触したグループを比較する)に基づいた検証を行っており、最も正確な方法として定着しつつある。

さらにこのテスト群とコントロール群の比較による効果検証をより効率的に行うための手法が実験計画である。その始まりは1920年代と歴史は古く、生産工場の品質管理など効率性・経済性が求められる産業領域では幅広く利用されている。マーケティング領域ではそこまで定番とはなっていないものの、消費者調査におけるコンジョイント分析(製品の属性と水準を実験計画に基づいて組み合わせて消費者に評価させる)などは代表的なケースである。

この実験計画に基づくRCTを成功裏に実行するためには、同質性の極めて高いテストグループとコントロールグループをいかに生成できるかという点にかかっている。このときにどのような特徴量に基づいてこの両者の同質性を定義するかは、必ずしも明らかではない。性別や年齢など定量的に判断できる指標だけなら良いが、例えば、表情が似ているとか、声のトーンが似ているとか、服装が似ているとか、定性的に判断するような指標を考慮することはこれまでほとんどできなかった。ディープラーニングはこのような従来のアプローチでは見落とされていた特徴を考慮することができるようになるかもしれない。

また、RCTによる効果検証でもう一つ重要なことは、いかに生活者の自然な意識を抽出するかだ。例えば、店舗で実験を行った場合に商品購入でテストとコントロールを比較すれば確実にROIを計測することはできる。しかし、実際の購入に至るケースは少なく、その手前の態度変容(興味を持つ、購入意向を持つ)を把握できなければ、次の改善策を検討することが難しい。しかし、そこでアンケートに頼るしかないとなると、アンケート協力者しか検証できないため実験の妥当性が限定されてしまう。もし、店内行動(特定商品前の滞留時間や消費者の目線など)で意識の変化を導き出すことができれば、マーケティングにおけるRCTの適用範囲は一気に広がることになるだろう。

 

 

人間と比較した時のコスト競争力

このようにディープラーニングをマーケティング領域で有効に活用するためには、以下が求められる。
(1)意図を持って設計されたデータの大量収集
(2)独自のノウハウに基づいた精度の高いアノテーション作業
(3)実験計画を組合せた因果検証
このような大きな先行投資を意思決定するには、今まで人間が行っていた業務よりも大きな経済的リターンを得られる見込みが立たなければならない。つまり、それだけ他社との差別化、自社の競争優位の確立、そして事業収益性の向上につながる大きな課題でない限り、ディープラーニングへの投資がペイすることはないということだ。

先述の通り、GAFA※1含めたテクノロジープラットフォームが提供する汎用的な学習済みモデルであれば、それほど費用もかからず、簡単に始めることができる。しかし、それはコモディティ化する機能の一つでしかなく、当然、他社に対して競争優位を築くことはできない。また、カスタムメイドで自社向けのAI開発を有名な新興企業に外注したとしても、(1)~(3)の条件が変わるわけではない。あり物の社内データと誰にでもできるアノテーションだけでは、どんなに優れたAI技術を持った企業に開発を依頼しても、大きな成果を得ることはできないだろう。

結局のところ、ディープラーニングの活用が成功するかどうかは、それだけの投資に見合うビジネス上の大きな課題を事前に定義できているかにかかっている。そして、その課題が不明瞭なまま、取り組めば何かが出てくるのではないかと淡い期待で始まったプロジェクトの多くは、今まで通り、人間が行っていたほうがいいという結論になってしまうのだ。

人工知能によって人間の仕事が奪われるというような言説も多くあるものの、現実として、人工知能の開発には大きな投資が必要となり、その投資に見合うだけのリターンが得られなければ、引き続き、その人の仕事は残り続ける。洗濯物をたたむロボットがあったら便利だが、それに100万円を払うなら、家事代行サービスを利用するほうが安いということだ。

ここまでマーケティング領域でディープラーニングを有効活用するために必要なことを述べてきた。次回(第4回)は、AIのビジネス活用を成功させるために不可欠なこと、として最後のまとめとしたい。

 

※1アメリカ合衆国に本拠を置く、主要IT企業の総称

 

巳野 聡央(みの あきひさ)
MINO COMPANY 代表

慶應義塾大学総合政策学部卒。 調査会社にてキャリアをスタート。その後、コンテンツ投資会社を経て2007年に独立。さまざまなプロジェクトに参画しながら、2011年にGoogle入社。同社ではエンジニアや統計専門家を含むグローバルチームと共に広告効果測定プロダクトの開発、およびAPAC・日本国内における普及活動に従事。アドテクノロジーを活用した実験計画、多次元時系列データから因果を推論するベイジアンモデリング、深層学習や機械学習を使ったオンラインログデータの解析など、最先端のマーケティング・サイエンスのプロジェクトを主導。2018年末にコンサルティングおよび新規事業開発・投資事業を行うMINO COMPANY(正式名称:MINO合同会社)を設立。

Data Science, Research Areas