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バーチャル環境と実環境における消費者行動の差異検証

バーチャル環境と実環境における消費者行動の差異検証

1. 要約

ここ数年、バーチャルリアリティ技術は急速に普及している。しかし、VR環境の再現性と臨場感を高める開発や研究が進む一方で、実環境のユーザー行動との差異についての研究は少ない。本研究は、マーケティングにおけるVR実用の可能性を見極めるために、まずその基本となるユーザー行動におけるバーチャル環境と実環境の差異に着目し検証した。

 

2. 研究背景

近年VR技術の進歩により、より現実的な空間を実現できるようになり、VRコンテンツは一般向けのエンタテイメントにとどまらず、ビジネスや医療、教育分野など用途の拡大を見せている。VRと現実環境との差異に着目した研究(Willemsen(2009)、水地(2018))もあったが、VRをマーケティングリサーチの手法として確立するには、VR環境と調査手法の有効性についての証明はまだ明らかではない。加えてVRを用いた視線計測も可能となったが、機器を通じてVR環境上で取得した視線データの実用可能性について、実環境で取得した視線データとの差異も明らかになっていない。以上から、VR環境と実環境におけるユーザー行動および、視線データの差異を分析することで、マーケティングにおけるVRの活用可能性の拡大のための第一歩である、VR環境でのユーザー感覚の理解の深化が期待される。

 

3. 研究目的

本研究は、VR環境と実環境における購買行動の再現実験を通じて、以下のリサーチクエスチョンを究明することを目的とする。
 Q1-1 VR環境と実環境間で、消費者の購買行動の差異はあるか?
 Q1-2 差異がある場合、影響要因は何か?
 Q2 現状のVR機器においてキャリブレーション有無により視線の精度がどれほど高いか?

 

4. 実験方法

4.1 実験設計

リサーチクエスチョンQ1に対しては、VR環境と比較するために、今回は実験調整の容易性からCLT環境の飲料棚を用意した。 また、両者の参照として、インテージ社のオンラインシェルフテストサービスであるi-Shelfの飲料棚も用意した。
飲料棚の前での購買行動をVR、CLT、i-Shelf の3つの環境で再現し、被験者に一日ですべての環境を体験してもらう。体験する上で「最も気になる商品を3つ選んでください」というタスクを被験者に与え、それぞれの環境で消費者の行動結果を記録し、影響要因については、紙によるアンケートで聴取する。今回の実験で行動結果として記録する要素は以下2つとなる(図1)
 1.嗜好との同一性
 2.選択に要する時間

 

嗜好については、別途紙によるアンケートで聴取する。なお、アンケートでは参考として、嗜好とは別に購買頻度上位3位も聴取した。今回の実験で使用する正解データは「本人の嗜好性上位3商品」「購買頻度上位3商品」となる。

 

図1

図1 購買行動の差異検証のイメージ

 

リサーチクエスチョンQ2に対しては、VR環境において白い点を表示させ、その点が赤くなるまで見つめてもらう。この時の視線データを取得し実際に表示された点との距離を計測する。点の表示は5回繰り返す。(図2)この計測を「キャリブレーションあり」と「キャリブレーションなし」で1回ずつ行い、視線誤差を比較する。(図2)

 

図2

図2 VR環境での点の表示位置

 

4.2 実験参加者

インターネット調査で募集した炭酸飲料飲用習慣のある関東圏在住の20~50代の健康な男女35名を都内の調査会場に呼集し、一日で、上記の3つの環境における実験を参加してもらった。そのうち、34人の有効データ(うち、男女それぞれ17人)が取れた。図3はこの34人の参加者の基本属性を示している。

 

図3

図3 実験参加者の基本属性

 

4.3 飲料棚とVR環境

本研究では、炭酸飲料の飲料棚を対象とする。商品の選択はインテージ社のSRIデータから、2018年9月から2019年8月までの購買点数Top20をベースに選出した。それに基づいて、図4のVR実験環境を制作した。店舗は東京都内のコンビニを撮影したものである。

 

図4

図4 VR環境イメージ

 

4.4 アンケート

前述の工程で、影響要因となる環境などに対するユーザーの感覚の主観データを聴取するアンケートの設問は先行研究(Slater(1993)、Slater(1997)、安藤(2010))に基づいて、以下の通り設定した。

 

設問 回答形式
Q1 身体的な負荷を感じる +3(全くそう思う)~
-3(全くそう思わない)の7段階評価
Q2 目が疲れる
Q3 酔い(めまい、吐き気、頭痛)を感じる
Q4 実際の棚と商品が目の前にあると実感できる
Q5 空間全体は奥行きを感じる
Q6 場の雰囲気がリアルだ
Q7 棚の造りがリアルだ
Q8 商品がリアルに感じる
Q9 自分が売り場にいると実感できる
Q10 全体的に楽しいと感じる
Q11 現実味がない
Q12 商品を実際に掴めそうだと実感できる
Q13 全体を通してお店で買い物をしているようだ

表1 アンケート設問一覧

 

このアンケートは、それぞれの環境での実験実施前後に、事前と事後の状態を聴取した。なおCLT環境のみ実環境での調査であることからQ12は聴取していない。

 

4.5 嗜好同一性のパターン

前述のように、行動結果のうち、3つの環境において正解データを聴取し、一致する場合は「1」、しない場合は「0」として記録する。「1」としてカウントするパターンは以下の4つを用意した。
 パターン① 実際に購入した3つの商品のうち、2つ以上が正解データと一致する
 パターン② 実際に購入した3つの商品すべて正解データと一致する
 パターン③ 実際に購入した3つの商品のうち、正解データのTOP1が含まれる
 パターン④ 最初に実際に購入した商品が、正解データのTOP1と一致する

 

5. 実験結果

5.1 行動結果の差異分析

まず、購買結果に関しては、前述のパターン①~④における3環境の差異は、テューキー法で多重比較を行った。
パターン①の場合、商品選択において、VRは34人のうち、25人が一致し、実環境(CLT)やi-Shelfと比較して、大きく違いがなかった。P値を確認しても、各種手法間においては有意差が見られなかった。ただし嗜好に限り、VRやCLTの24人よりi-shelf(28人)のほうが正解データとの一致性が高いが、絶対値から見ると4人の差しかなかった。(図5)これは誤差の範囲と捉えられることもできるが、一方で「CLT、VR」と「紙、Web」で調査結果が若干異なる可能性を示しているが、今回の検証ではサンプル数が少なく断定はできなかった。また、パターン②~④のいずれの場合においても、3手法間の有意差がなかった。(図6~図8)

 

図5

図5 パターン①の検証結果

 

図6

図6 パターン②の検証結果

 

図7

図7 パターン③の検証結果

 

図8

図8 パターン④の検証結果

 

次に、タスク完了時間に関しては、図9のように「1品目の購入時間」「2品目の購入時間」「3品目の購入時間」「平均購入時間」「平均選択時間」と「1品目の選択時間」といったいくつかの角度から比較を行った。分析方法も購買結果と同じ、テューキー法で多重比較を行った。主に「平均購入時間」と「平均選択時間」に注目して、p値を確認すると、いずれも特に有意差がなかった。滞在時間の長さにおいては、「VR>CLT>i-Shelf」という傾向がある。また、滞在時間の影響要素として、キャンセル回数も比較したが、VR、CLT、i-Shelfそれぞれ14回、16回、13回という結果となり、それも有意差がなかったという結果であった。

 

図9

図9 タスク完了時間の検証結果

 

5.2 ユーザー感覚の主観データ分析

それぞれの環境におけるユーザー感覚の主観データは主に紙によるアンケートで聴取した。アンケートでは時間経過による差分を把握するために事前と事後とも行った。t検定を行った結果、ほとんど時間経過による差分はなかった。(表2)これは、今回のタスクが平均的に1分間で終了する人が多いから、滞在時間が短かったという原因もあると考えられる。

 

表2

表2 事前と事後の比較

 

事前と事後の差異はほとんどなかったことから、本研究では、実験中の状態をより代表できる事後のデータを使って、3手法間のユーザー感覚の差異を比較した。比較手法はテューキー法で多重比較を取った。
その結果、図10で示したように、身体的負荷、目の疲れに関しては、3手法ともに思わない傾向だったが、VRと比べてCLTとi-Shelfのほうが有意に低い。人/もの/環境の存在感とリアル性に関しては、VRとCLTはほぼ同じ高い水準に対して、i-Shelfはマイナスとなって、圧倒的に低い。VRを操作する際に、ほかの2手法と比較して、楽しさの値が有意に高い。最後、実際の売り場にいるという臨場感をみると、VRとCLTがプラスで、中でもVRが最も高く、i-Shelfだけはマイナスで、低い結果となっている。

 

図10

図10 手法間のユーザー感覚の比較

 

5.3 視線データの分析

図11がキャリブレーション有無の2パターンの視線プロットである。表示された基準点に対し、VRデバイスで約0.1秒ごとにアイトラッキングを行った結果、キャリブレーション無しのパターンでアイトラッキングができなかったサンプルは2と小さいが、出現率は約6%であり、また基準点に対して分布も広く、視線取得目的の調査の場合キャリブレーションは必須と言える。
反面キャリブレーションをしない状態であってもVRにおいては回答が可能であった事から、アイトラッキングが不要かつ、口頭やコントローラによる回答が可能な調査の場合は、キャリブレーションを省略しても問題ない事が判明した。

 

図11

図11 キャリブレーション有無の2パターンの視線プロット

 

また、基準点からの距離のばらつきを比較しても、キャリブレーション無のほうが、明らかにキャリブレーション有より大きい結果を示している。(図12)

 

図12

図12 基準点からの距離のばらつき

 

今回のVR-CLTではおおよそ一度に映し出される範囲が横幅約1.5m、高さ約0.9mである。キャリブレーションありの5点の平均距離は約27。VR上は横4cm、縦3cmの誤差となる。同様にキャリブレーション無しの5点の平均距離は約70。こちらは横10cm、縦6cmの誤差となる。(図13)結果的として、キャリブレーション有の場合の精度誤差は5%~10%に対し、キャリブレーション無の場合の精度誤差は20%~30%となり、当初の期待値である10%をはるかに超えた。
これを現実世界に当てはめると、対象とした500mlペットボトル1本の一般的な直径は約7cm、高さは21cmであることから、キャリブレーション無しの誤差は商品内に収まらずアイトラッキングでは避けるべきであることが言える。

 

図13

図13 2点間の距離の比較

 

6. 考察

本研究において、VR、CLT、i-Shelfの3手法の消費者の行動結果を記録し、実験環境に対する感覚をアンケートで取得し、手法間の差異について調べた。また、視線データの精度誤差については、キャリブレーションの有無で、基準点からのばらつきの大きさを通じて比較を行った。
まず、実環境(CLT)と比べてVR環境での行動結果は有意の差がみらなかった。臨場感においてはVRが高く評価されているため、実験手法として、VRが使える可能性があるといえよう。
ただ、臨場感が低いi-Shelfのほうでも嗜好と高い一致性が得られたので、環境の影響が少ない嗜好に関する調査の場合は、臨場感の高い環境を構築する必要がないかもしれない。
CLTとi-Shelfと比較して、VRは売り場の再現、調査の柔軟性、視線データを含めた生体データの取得といったところに優位性がある。
次に、視線データについては、キャリブレーションなしの場合は、計測不可が発生し、精度誤差も期待値より超えていることから、VRを利用して視線データ取得の場合は、キャリブレーションが必須であるという結論になっている。

 

7. 今後の展望

今回はタスクを与えたうえでの実験のため、リアルな店頭行動の再現は100%できていなかったのと、CLTを実環境として代用されているというのが課題である。また、高い臨場感はほかの2手法と比較する際に、被験者に評価されているので、VRの高い臨場感の現実的な意義についての引き続きの研究が必要であり、VRの実用化の可能性を探索するためには、まずVR環境と実店舗環境における購買行動の比較を行う必要がある。また、ほかの2手法と比較して、視線データを含めた生体データが簡易にとれるというのがメリットでもあるため、そのメリットを生かしたVRの活用方法についても引き続き探索する必要がある。

 

8. 著者

鹿間 貴仁*1、小林 隆之*2、ヤン イェン*3、中澤 数人*4
共同研究:エスディーテック株式会社
株式会社インテージテクノスフィア ビジネスインテリジェンス第二本部 ソリューション開発部*1
株式会社インテージテクノスフィア リサーチテクノロジー本部 リサーチシステム2部*2
株式会社インテージ 開発本部 先端技術部 先進グループ*3
株式会社インテージ FMCG事業本部 カスタマーサービス2部*4

 

参考文献

[1] Slater, Mel & Usoh, Martin. (1993). Representations Systems, Perceptual Position, and Presence in Immersive Virtual Environments. Presence. 2. 221-233.

[2] Slater, Mel & Wilbur, Sylvia. (1997). A Framework for Immersive Virtual Environments (FIVE): Speculations on the Role of Presence in Virtual Environments. Presence: Teleoperators and Virtual Environments. 6. 603-.

[3] Willemsen, Peter & Colton, Mark & Creem-Regehr, Sarah & Thompson, William. (2009). The Effects of Head-Mounted Display Mechanical Properties and Field of View on Distance Judgments in Virtual Environments.

[4] 安藤広志. (2010). 臨場感の構成要素. バーチャルリアリティ学. 日本バーチャルリアリティ学会. 6.2.2節.

[5] 水地 良明, 稲邑 哲也. (2018). 実環境と没入型VR環境における日常生活行動の差異の評価. 人工知能学会全国大会論文集. JSAI2018巻.

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