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ニオイの評価判定モデル構築に関する研究

ニオイの評価判定モデル構築に関する研究

1. 要約

近年、商品のコモディティ化が進んでいるといわれ、機能以外の価値で差別化する動きが出ている。その1つとして、ヒトの脳の感情や記憶を司る部分にダイレクトに伝わる「香り」を活用した商品が増えてきている。また、「不快なニオイ」を簡易的に測定できるツールが一般向けに販売されている。そこで、本研究では、ニオイの簡易測定データとヒトのアンケート回答データから、ニオイ評価モデルの構築が可能であるかを検証した。

 

2. 研究背景

調香師やソムリエなどのニオイの専門家は、ニオイの印象を様々な言葉で表現することが可能だが、一般の人にとっては、ニオイを言葉で表現することは時に困難を伴う。表現できたとしても、個人的な経験の比喩になったりと、必ずしも他人が同じようにイメージできるとは限らない。一方で、一般の人でもニオイの好き嫌いは容易に答えることができる。マーケティングにおいて、ニオイの嗜好自体を把握することや、多くの人がイメージを共有できる言葉で印象を表現することは重要であると考えられる。もし、一般の人々のニオイの印象評価を判定するモデルを構築することができれば、時間とコストのかかる官能評価を行わなくとも、一般の人のニオイ評価指標として活用できる可能性がある。

 

3. 研究目的

今回の研究目的は、ニオイに対する印象評価アンケートのデータと、アロマビット社の35素子のニオイ反応データを使って、ニオイ評価モデルを構築することとする。

 

4. 実験方法

被験者に複数のニオイを嗅いでもらい、各ニオイの評価を指定のアンケートにて聴取する。

 

4.1 実験参加者

機縁リクルートで募集した関東圏在住の20~50代の健康な男女56名(男女各28名。うち、20代男女各7名、30代男女各7名、40代男女各7名、50代男女各7名、平均年齢39.4歳。) を弊社に呼集し、実験参加許諾を得た上で調査を実施した。

 

4.2 ニオイサンプルと提示方法

実験用のニオイサンプルは、ワインの香料キット(Aromaster)88種類の中から選定した、以下の6種類である。

 

Aromaster_No ニオイ名称
1 15 オレンジの皮
2 27 菩提樹
3 65 ココナッツ
4 71
5 64 クローブ
6 49 灯油

表1 提示ニオイサンプル一覧

 

ニオイサンプルの提示方法は“におい瓶法”を用いた。(茶褐色遮光性のスクリュー管(20 ml)に、上記のニオイを染み込ませた綿球を入れた。)

 

4.3 アンケート

ニオイサンプルそれぞれに対して聴取したアンケート設問は以下の通りである。なお、評価項目は先行研究[1][2]を参考とした。

 

設問概要 回答形式
Q1 ニオイの好意度(総合評価) とても嫌い(0点)~とても好き(100点)までの数値回答
Q2 嗅いだ時の気持ち・気分の度合い ・不快~快
・眠くなる~目が覚める
・落ち着く~緊張する
各評価指標に対し、21段階から単一回答
Q3 ニオイの強さの度合い 感じない~強い までの11段階から単一回答
Q4 ニオイの甘さ/酸っぱさの度合い 感じない~甘い/酸っぱい までの11段階から単一回答
Q5 ニオイの印象評価 ・つめたい~あたたかい
・やわらかい~かたい
・軽い~重い
・鈍い~鋭い
・濁った~澄んだ
・ぼんやりした~はっきりした
・暗い~明るい
各評価指標に対し、21段階から単一回答
Q6 ニオイに対する親和性評価 ・感じない~親しみを感じる
・嗅ぎたくない~また嗅ぎたい
各評価指標に対し、11段階から単一回答
Q7 ニオイ当て 何のニオイだと思ったかを自由回答

表2 アンケート設問一覧

 

4.4 ニオイデータ

前述のワインの香料キット(Aromaster)88種類について、アロマビット社が測定した35素子のニオイ反応データを使用した。

 

4.5 評価モデル検証のためのアンケートデータ

評価モデルの検証を行うため、弊社従業員20~40代男女12名(男女各6名。うち、20代男女各2名、30代男性1名、30代女性2名、40代男性3名、40代女性2名) に対し、ニオイ評価実験を行った。(弊社従業員は、前述4.1の実験参加者ではない。)

実験では、上記と同じニオイサンプルと提示方法、アンケートを用いた。

 

5. 実験結果

回答データに欠損が無かったため、すべての被験者の回答データを分析対象とした。なお、ニオイの総合評価スコアは、前述のアンケート設問の中から「ニオイの好意度」の得点を使用した。

 

5.1 総合評価スコアの結果

各ニオイの総合評価スコアの結果を図1に示す。

 

図1

図1 総合評価スコアの結果

 

5.2 総合評価スコアと各評価項目の関係

ニオイの総合評価スコアと各評価項目との相関関係を図2に示す。相関が0.75以上となった評価項目は、「不快~快」「落ち着く~緊張する」「親和性(親しみ、また嗅ぎたい)」であった。

 

図2

図2. 総合評価スコアと各評価項目の関係

 

5.3 評価モデルの構築

ニオイの素子反応データとアンケートデータからlasso回帰を用いて予測した、官能評価の総合評価スコアと各評価項目スコアを表3に示す。

 

表3

表3 lasso回帰による官能評価予測値

 

5.4 評価モデルによる予測値と検証用データのスコア比較

まず、総合評価スコアについて、評価モデルの予測値と検証用データの平均値の関係を図3に示す。結果、自由度調整済み決定係数0.95と高い値が確認できた。

 

図3

図3. 総合評価スコアの関係(評価モデルの予測値と検証用データの平均値)

 

6. 考察

本研究では、ニオイの素子反応データとヒトによるニオイ評価アンケートを取得することにより、ニオイ評価モデルの構築を試みた。

まず、ニオイの評価アンケートのデータを使って総合評価スコアと各評価項目との関係を調べた結果、快不快やストレスの感情につながる項目(緊張度、親しみ度)で相関が強いことが確認できた (図2)。

続いて、ヒトのニオイ評価をどの程度予測することができるのかについて調べた。構築したニオイ評価モデルに対し、検証用データを用いてモデルのあてはまり具合を確認した結果、総合評価スコアでの自由度調整済み決定係数は0.95となった(図3)。

 

7. 今後の展望

今後のニオイの評価モデル構築に向けては、評価するニオイ自体の種類と、ヒトによる評価のアンケートデータを増やした検証が必要だと考えられる。その上で、ニオイの測定データだけから、ヒトのニオイ評価予測がどの程度できそうかの検証も必要である。

 

8. 著者

中島 慶久*1、川村 真弓*1、アフィカ アディラ*1、松方 渓太*1

注:
1. 株式会社インテージ 開発本部 先端技術部

 

9. 参考文献

[1] 樋口貴広,庄司健,畑山俊輝:香りを記述する感覚形容語の心理学的検討,感情心理学研究,第8巻,第2号,45-59,2002.

[2] 若田忠之,齋藤美穂:香りの分類における心理学的検討 -SD法を用いた印象による香りの分類-,日本感性工学会論文誌,Vol.13 ,No.5,591-601,2014.

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