「自分はやりきった」と納得するために~北浦春香が挫折の先に見つけたもの<後編>


こんにちは!広報担当モッチーです。今回は、インテージグループ所属の車いす陸上競技選手・北浦春香のストーリーの後編をお届けします。

車いす陸上競技の選手として、国内では「勝つのが当たり前」だった北浦。気づけば日本代表として、「4年に一度の国際大会」に出場するまでになりました。しかし、2012年に北浦を待ち受けていたのは、まさかの予選敗退という厳しい現実…。
どん底まで落ちて、悩み続けた末に、「このままでは終わりたくない。ロンドンでできなかったことを、リオデジャネイロで達成したい」という思いが芽生えました。

あの挫折を経験してよかった


再挑戦への原動力となったのは、競技に対するマインドチェンジ。それまで目標としていた「国際大会への出場」「メダルの獲得」に代わり、「最高の大会で自己ベストを出したい」「納得いくパフォーマンスをしたい」と考えるようになりました。
「もしレースで自己ベストが更新できたなら、一つ上のレベルに行けたということ。だから、リオまでの四年間、この思いにこだわりました」と北浦。

そして、ロンドンで会場の雰囲気にのまれてしまった苦い経験を繰り返さないため、海外遠征に挑戦。世界のトップアスリートと日ごろから一緒に走る経験を積むことで、この弱点を克服しました。
さらに、量・頻度・質、すべてをアップしたトレーニングに励んだ結果、リオデジャネイロで開催された国際大会では、400メートルのアジア記録を塗り替えたのです!

この結果を振り返り、北浦はこう話します。
「ロンドンでの挫折がなければ、この記録はありませんでした。どん底を味わったけれど、あの挫折を経験してよかったと思います」

追い込まれた方が、力を発揮できる


前職では毎日出社し、オフィスワークに携わる一般社員だった北浦。プロアスリートへの転向の裏には、「退路を断つ」ともいえる人生を懸けた決意が秘められていました。

「リオでの国際大会後に2020年を目指すと決めた時、強化指定を受けている選手のほとんどは『プロアスリート』であることに気づきました。競技に専念することを前提に、企業に雇用されていたんです。そこで、これまで『保険』として残していた英語力を生かしたキャリアを捨て、プロアスリートとしての道を模索し始めました」

しかし、「キャリアを捨てる」と決断するには、相当の勇気がいるはず…。北浦はその決意をこう語ります。
「追い込まれた方が自分を高められるし、力を発揮できます。『英語力を生かしたキャリア』という保険を捨てないと、アスリートとして達成できないことがあると考えました」

退路を断ったいま、大切にしていることは「プロとしての意識」。「どのように自分をコントロールし、高めていくか」を常に念頭に置き、「2020年のために生活のすべてを注がなければいけない」と北浦は感じています。

決めるのは自分。納得するのも自分


2018年は北浦にとって、競技生活13年の中で最も厳しいシーズンでした。10年以上師事していたコーチから離れ、フォームやレーサー、またそれに乗るポジションなど、すべてを変えて臨んだものの、満足のいく結果が得られなかったのです。

しかし、北浦はこう話します。
「いまは『すべてが自分次第』なのだと思っています。うまくいかなくても誰かのせいにはできないし、結果が出なかったとしても『自分はやりきった』と感じられればいいのかもしれない、と」
「決めるのは自分、納得するのも自分なんです。自分が納得したことをすべて持って、2020年の国際大会に臨みたいと思っています」

前・後編の二回にわたって、インテージグループ所属の車いす陸上競技選手・北浦春香のストーリーをお届けしました。いかがでしたか?
「車いす陸上競技ってどんなものなんだろう?」「ちょっと興味あるかも」そう思われたらぜひ、試合をご覧になってください。そして、2020年の国際大会に日本代表として出場を目指す北浦を、一緒に応援しましょう!

今後の出場予定
7月20・21日 ジャパンパラ陸上競技大会(岐阜県岐阜市)

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