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記憶に残る刺激又は残らない刺激の判定モデル構築に関する研究

記憶に残る刺激又は残らない刺激の判定モデル構築に関する研究

1. 要約

近年、ニューロマーケティングなどの脳波を含む生体データを活用したマーケティング活用が注目されるようになってきた。脳波を含む生体データによる心理的状態を可視化した手法は多いが、本研究においては直接的なマーケティング成果につながる記憶に残る又は記憶に残らないかを脳波を含む生体データから判別可能であるかを実験により検証した。

 

2. 研究背景

近年、テレビCMだけでなく情報伝達手段として、動画情報を用いるメディアが飛躍的に増加している。動画情報には画像、言語、音楽などと様々な知覚情報が含まれており、その情報は脳の情報処理過程を経て、認知され記憶されている。マーケティングにおける広告出稿においては、いかにメッセージが伝わるかと共に、いかに記憶に残るかが重要な要素であると考えられる。もし、動画情報を視聴し、記憶に残るかどうかを判定するモデルを構築することができれば、マーケティング活動において動画情報の評価指標として活用できる可能がある。

 

3. 研究目的

1週間後の視聴動画に対する記憶と聴取した脳波を含む生体データとの相関性を検証し、記憶に残る刺激と残らない刺激の脳活動を含む生体反応の違いについて検討することを目的とする。

 

4. 実験方法

被験者に複数の動画を視聴してもらい、それぞれの動画を視聴している状態の脳波を含む生体データを聴取する。

 

4.1 実験参加者

インターネット調査で募集した関東圏在住の20~40代の健康な男女54名(男女各27名。うち、20代男女各9名、30代男女各9名、40代男女各9名、平均年齢35.7歳。)を都内の調査会場に呼集し、倫理審査に基づく実験参加許諾を得た上で調査を実施した。なお、いずれの被験者も過去に脳波計測の実験に参加した経験はなかった。

 

4.2 脳波及び心電図計測

本研究の脳波、心電図計測には、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)開発のヘッドギア型生体反応計測機材を使用した。頭部への装着により、脳波(前頭部1か所、頭蓋頂点1か所、後頭部の左右2箇所の計4チャンネル)、心電図(1チャンネル)、眼電位(左目付近2チャンネル。本実験でこのデータは分析に使用していない。)の同時計測を行った。なお、参照電極は右乳様突起部に置いた。

計測機材を装着後、被験者に調査の流れを説明し、椅子に座った状態で計8本の動画を視聴させた。具体的には、20秒のレストタイム、視聴動画の簡易タイトルの3秒視認、動画を1本視聴、動画視聴に関するアンケートに回答、の流れを8回(動画8本分)繰り返した。機材の装着完了から8本目の動画視聴に関するアンケート(全5問)に回答し終えるまで、脳波、心電図は継続して計測し続けた。

 

4.3 動画

前述の工程で視聴させた8本の動画の概要と秒数は、以下の通りである。

 

分析タイトル 動画の概要 動画本編の秒数
1 AI AI活用の映像 300
2 Car 自動車CMのメイキング映像 251
3 Ceremony 入社式の映像 245
4 Confiture 洋菓子店の映像 255
5 Hirosaki 弘前観光の映像 302
6 Instruments 和楽器の映像 289
7 SL SLの映像 220
8 Sports 自転車レースの映像 279

表1:提示動画一覧

 

なお、記憶状況を確認する実験であるため、動画はYouTubeの公式チャンネルから再生回数が9,000回以内の比較的認知度が低いと思われるものを選定した。また、いずれの動画も本実験前に視聴した被験者はいなかった。

 

4.4 アンケート

前述の工程で、8本の動画視聴直後に聴取したアンケート設問は以下の通りである。

 

設問概要 回答形式
Q1 視聴動画の視聴経験 ある、ない、不明から単一回答
Q2 視聴動画への興味度 興味がある~興味がない までの21段階から単一回答
Q3 視聴動画と同じジャンル、似たジャンルの動画の普段の視聴経験 良く見る~全く見ない までの21段階から単一回答
Q4 動画視聴時の快・不快の度合い
(後述の分析項目「pleasant」)
快~不快の21段階から単一回答
Q5 動画視聴時の覚醒度合い 覚醒度高~低の21段階から単一回答

表2:アンケート設問一覧

 

4.5 記憶スコアの算出

動画の記憶状況を確認するために、54名の実験参加者に対し、実験参加日から7~9日後に、動画の記憶状況に関するインターネット調査を配信し、53名(男性26名、女性27名)から回答を得た。

このインターネット調査は、会場で視聴した8本の動画について、同じく会場で動画視聴前に提示した動画簡易タイトルを示した上で、動画内容について記憶していること(登場人物、シーンや景色などは問わず)を最大10個まで、思い出せるだけ自由記述形式で回答させるものである。

インターネット調査の終了後、被験者の回答をもとに、動画の記憶状況を数値化した記憶スコア(各動画ごとにMAX10)を算出した。記憶スコア算出にあたっては、各設問回答数1個につき1ポイントを基準とし、内容の誤りや回答重複、提示した動画タイトルから類推できる回答は減点、1回答欄に詳細な記述をしている場合は記述の詳細度に応じて加点することで補正を行い、最終的なスコアを確定した。

 

5. 実験結果

すべての被験者から得ることができた脳波データは386個であったが、脳波データには様々なノイズが重畳していたことから、ノイズが少ないデータを抽出し、161個のデータを解析対象とした。

 

5.1 記憶スコアの結果

図1に記憶スコアの結果を示す。約一週間後に内容をどれだけ覚えていたかについては、全体的に有意差はなかった。

 

図1

図1:記憶スコアの結果

 

5.2 記憶スコアと各脳波成分の関係

各動画に対して、記憶スコアが2未満のデータを「覚えていない(Label:0)」、2以上4以下を「やや覚えている(Label: 1)」, 4より大きい場合を「はっきり覚えている(Label: 2)」と定義し、脳波の周波数成分と記憶スコアの関係を調べた。

シータ波(4-8Hz)と記憶スコアの関係を図2、Lowアルファ波(8-10Hz)と記憶スコアの関係を図3、Highアルファ波(10-13Hz)と記憶スコアの関係を図4、ベータ波(13-25Hz)と記憶スコアの関係を図5、ガンマ波(25-40Hz)と記憶スコアの関係を図6に示す。分散分析の結果、ガンマ波において群間に有意差が得られた。

図2

図2:シータ波と記憶スコアの関係(Electrode1: 前頭部,Electrode2: 頭蓋頂点, Electrode3: 左後頭部,Electrode4: 右後頭部)

 

図3

図3:Low アルファ波と記憶スコアの関係

 

図4

図4:High アルファ波と記憶スコアとの関係

 

図5

図5:ベータ波と記憶スコアとの関係

 

図6

図6:ガンマ波と記憶スコアとの関係

 

5.3 記憶スコアに対しての重回帰分析

記憶に残るか否かは多面的な脳活動が関わってくると思われるため、個別の脳波成分ではなく、重回帰分析によって、どの脳波成分がより記憶スコアを予測することができるのかについて調べた。重回帰分析を行う上で、どのパラメータを説明変数として採用するかはAkaike’s Information Criterion(AIC)を用いて決定した。

まず、脳波成分のみを説明変数としたときの重回帰分析の結果を表3に示す。重回帰分析の結果、有意に記憶スコアを予測することができていることがわかる(p = 0.004599)。そして、説明変数としては、右後頭の電極から得られた脳波成分が最も採用された。

続いて、脳波成分に加えて、心電図の成分も加えて重回帰分析を行った(表3)。心電図も加えたことで、脳波及び心電図が両方ともにきれいに取れているデータを解析対象としたため、解析対象のデータは127個となった。この結果、心電図の成分及び脳波の成分それぞれが採用されていることがわかる。そして、脳波成分のみを利用した時の自由度調整済み決定係数(adjusted R-squared)は0.07875であったのに対して、脳波成分に心電図成分を加えると0.2556と大きく向上している。このことは、脳波成分のみならず、心電図成分も加えることで、記憶スコアの予測精度が大きく向上していることを示している。

最後に脳波成分、心電図成分に加えて、アンケートの結果も加えた重回帰分析結果を示す(表3)。アンケート結果を加えても情動価(アンケートQ4「動画視聴時の快・不快度」の質問)のみが採用されただけであり、また、調整済み決定係数も0.2668と脳波及び心電図のみを利用した時の0.2556からさほど大きくは向上しなかった。

 

説明変数 変数名 係数 Adjusted R-squared p-value
脳波成分

のみ

電極1α‐low -4.464 0.07875 0.004599
電極2α‐high 3.241
電極4α‐low 8.395
電極4α‐high -10.058
電極4β 5.854
電極4γ -3.982
脳波成分

心電図成分

電極1θ 4.994125 0.2556 1.928e-06
電極1α‐low -6.870251
電極1γ -1.815499
電極2α‐high 3.652905
電極3θ -3.432182
電極4θ 3.520765
RR間隔の平均 -0.002269
RMSSD -0.144590
HF 0.002847
SDNN 0.083205
脳波成分

心電図成分、

アンケート

結果

電極1α‐low -4.093149 0.2668 9.033e-7
電極2α‐high 2.822979
電極3θ -3.761539
電極4θ 5.242682
電極4γ -1.980007
RR間隔の平均 -0.002009
RMSSD -0.175578
HF 0.003375
SDNN 0.100768
快・不快度合い 0.415408

表3:「脳波成分のみ」「脳波成分と心電図成分」「脳波成分、心電図成分及びアンケート結果」を説明変数としたときの重回帰分析の結果(電極1: 前頭部,電極2: 頭蓋頂点,電極3: 左後頭部,電極4: 右後頭部)

 

6. 考察

本研究において、様々な動画を見せたときの脳波や心電図、そして、アンケートを取得し、約一週間後に覚えている動画と覚えていない動画を見た時のこれらのデータの違いについて調べた。

まず、個別の脳波成分と記憶スコアとの関係を調べた結果、ガンマ波において、記憶スコアとの有意な関係がみられた(図6)。ガンマ波は認知に関連する脳活動であることが知られてはいるが[1]、眼球運動がおこった場合にも眼球運動由来の成分が脳波のガンマ波としてあらわれることが知られており[2]、本研究においては、実験参加者は動画を見るときに自由に目を動かしていることから、脳活動由来のガンマ波なのかはさらなる詳細な研究が必要である。

続いて、個別の成分ではなく、重回帰分析によって、どの成分により記憶スコアを予測することができるのかについて調べた。脳波成分のみを用いた重回帰分析結果の結果、主に右後頭の脳波成分が採用された(6個中4個)(表3)。重回帰分析においては、説明変数間で相関があるデータがある場合、より、目的変数を説明しやすい説明変数が採用されることから、左後頭の脳波成分が記憶スコアとの関係がないということは言えないが、少なくとも、右後頭の脳波成分のほうが、より、目的変数を説明できるということを示している。空間認知に関しては右半球が優位であることが知られており[3]、この結果はこの空間認知に関連する活動を表している可能性があるが、本研究においては、参照電極を右乳様突起においていることから、この結論を導くためには、さらなる実験が必要となる。

そして、脳波成分に心電図の成分を入れた上での重回帰分析の結果、いくつかの心電図の成分と脳波の成分が採用された(表3)。この時に採用された脳波の成分が脳波成分のみで重回帰分析を行ったときに採用された成分と大きく異なっている。これは、脳波成分のみで重回帰したときに採用された右後頭の成分は、心電図の成分と相関があり、そして、心電図の成分のほうが、より、記憶スコアと相関していたからではないかと考えられる。このとき、決定係数は脳波成分のみを使った時よりも大きく上昇している。このことは、脳波のみではなく、心電図の情報を入れたほうが、より、記憶スコアをあてることができることを意味している。脳波は主に大脳皮質の活動を表しており、心電図の成分は主に自律神経系の情報を表している。このことは、記憶に残る映像を見たときには、大脳皮質の活動のみならず、自律神経の活動にも変化が表れていることを示している。

最後に、脳波成分、心電図成分に加え、アンケート結果を入れて重回帰分析を行った(表3)。その結果、アンケートの中ではpleasant(快・不快度の設問回答)のみが採用され、また、決定係数は脳波成分と心電図成分の時の重回帰時の0.2556から0.2668に上昇する程度で大きな変化はなかった。今回、利用したアンケートの情報では、あまり、記憶に残るか、残らないかという予測に対してはあまり、情報を持っていないということが言える。しかし、世の中には様々なアンケートが存在しているため、すべてのアンケート結果を否定するものではなく、今回利用したものよりは、脳波や心電図といった生体信号のほうが記憶に残るか残らないかということに対してより、情報を持っていたということである。

 

7. 著者

中島 慶久*1、アフィカ アディラ*1、今野 隆*1、成瀬 康*2、井原 綾*2

注:
1. 株式会社インテージ 開発本部 先端技術部 先進グループ
2. 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)

8. 参考文献

[1] Tallon-Baudry C, Bertrand O, Delpuech C, Pernier J. Stimulus specificity of phase-locked and non-phase-locked 40 Hz visual responses in human. J Neurosci. 1996 Jul 1;16(13):4240-9.

[2] Yuval-Greenberg S, Tomer O, Keren AS, Nelken I, Deouell LY. Transient induced gamma-band response in EEG as a manifestation of miniature saccades. Neuron. 2008 May 8;58(3):429-41.

[3] Sack AT, Sperling JM, Prvulovic D, Formisano E, Goebel R, Di Salle F, Dierks T, Linden DE. Tracking the mind’s image in the brain II: transcranial magnetic stimulation reveals parietal asymmetry in visuospatial imagery. Neuron. 2002 Jul 3;35(1):195-204.

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